これ http://www.rieti.go.jp/users/nishimizu-mieko/glc/004.html を読む限り、ブータンの人は幸せそう。この記事を電車の中で、携帯で読んでたんだけど、感動して危うく泣くところだった。
国王の定年制を導入するときの国王の話のあたりで感動して、教育政策のあたりでブータン信者になった。ブータンはすごいよ。ブータンの政治家はすごい。最高過ぎる。理想を掲げて、徹底してそれを追い求める姿勢がすごい。彼らの哲学は、元記事によると
哲学としては、非常に簡単なのです。つまり、人間が最も望むことは幸せである。それ以外にはない。その幸せの定義は個人個人で違う。けれども、その幸せを追求していくことが、人間が望むことだというものです。
だそうだ。経済学でいう合理的経済人のモデルに近いけれど、「幸せの定義は個人個人で違う」から、今の経済学の分野では扱えない。扱えないけれど、諦めずに手探りで追い求めるところが、ブータンの政治家はすごい。(蛇足だけど、ケーキ分割問題を思い出した。)
それから、教育の話を読んで、日本人が英語を学校で何年も習うのにちっとも話せるようにならないのは、そもそも学校の先生が英語をしゃべれないからだと思った。ほとんどの学校の場合、かろうじて英語の先生が英語をしゃべれるかもしれないが、他の先生は英語をしゃべれない。この現実を、生徒が先生を手本として学んでいるという仮定を立てて見てみると、生徒が「英語ができなくてもなんとかなる」と思ってしまうのは当然じゃないかと思う。学校を卒業するか、あるいは学校以外での活動するかして、なんとか先生以外に手本となる人を見つけないと、英語を本当にモノにしたいと思えない学校教育ってどうなのよ。と思った。まぁ人のせいにしてもしょうがないし、自分に関しては済んだことだからどうしようもないんだけどさ、自分の子供に関しては、日本で教育を受けさせたくない。これは前々から思っていたことけれど、これを読んでまた強く思った。あぁ、早く英語がしゃべれるようになりたい。
そういえば iKnow! は順調に進んでいる。本業が忙しくてブログを更新する精神的なゆとりは持てないのに、 iKnow! だけは続けてしまっている自分を客観的にみると、英語ができないという自分への危機感の大きさを感じる。そんなこんなな、年末。
cwiidというライブラリを使えば、Wii リモコンとPCを簡単につなげられるらしい。しかもしかも、このライブラリには Python のインターフェースもあることが判明。がぜんやる気がわいてきた。春休みになったら俺、Wii リモコンだけ買うんだ...(遠い目)。
Python のスクリプトをぶん回していたら、
*** glibc detected *** python: free(): invalid pointer: 0xb548aa60 *** ============== Backtrace ======= なんちゃらかんちゃら...
というエラーが出た。これって Python2.5 のバグ?ググったら同じエラーメッセージを見た人はいるみたいだけど、どうしたらいいのか不明。しかも今はなぜか python.org にアクセスできない。
追記:アクセスはできた。でもエラーの原因は不明。
たまたま、この <!--京--> は何か意味があるのでしょうか?お願いします。という質問を見つけて、改めてヤフーのサイトを眺めてみると、今だにトップページには <!--京--> があった。でも、そこからクリックした先のページには含まれていないのはなぜだろう。もう1つ疑問なのは、「ファイナンス」のページには <!--京--> らしきものがあるのだけれど、それが文字化けしていること。
まぁ、来年1日にはトップページが変更されるらしいから、その時にトップページの <!--京--> も、ファイナンスのページの <!--京--> らしきものも、きっと解消されるだろうから、ヤフーの <!--京--> を見るなら今のうちだ。(?)
コミュニケーションを伴うウェブサービスのほとんどは、好きを貫く人に都合がいいように変化していくなぁと、最近、ふと思った。
例えば掲示板。最近は見かけなくなったけど、昔の個人サイトにはたいてい掲示板があった。そういう個人サイトにある掲示板には弱点があって、それはひとたび変な議論が始まると、もう収拾がつかなくなることだった。よくあるのは、粘着質なやつが誰かの個人批判を続けて、参加者はその個人批判を見るのが不快で見なくなって、やがてだれもいなくなる、というパターン。そして最終的にはサイトのオーナーまでいなくなったりした。だからそうならないように、「荒らしは無視しましょう」とか言い合ったりして、サイトを守る努力をしなくてはならなかった。
不幸にも去ってしまった人たちは、掲示板に書き込まなくなったとはいえ、表現するのが嫌になったわけではないし、コミュニケーションそのものが苦痛になったわけでもない。去った理由は、ほとんどは、粘着質でネガティブで、人を不快にさせることしか書かない人の相手に疲れてしまったからだったから、掲示板に書き込んだりしないけれど、自分の意見を書いたり聞いたりしたい思っているという人はいた。
そんな人たちは、ブログを始めた。ブログは掲示板と違って、同じ場所に皆が書き込むツールではない。自分だけが書ける場所に自分が書きたいことを書くことで成り立つ。誰かとつながりたいときはトラックバックすればよいことになっている。掲示板をブログに置き換えたことで、大勢が一同に会する「場」はなくなったけれど、「場」の空気を読んだりする必要もなく、自分が書きたいことを書く場所が手に入った。また、掲示板では不可能だった、読みたい人の意見だけを読む、ということがブログでは可能になった。
そうは言っても、ブログにもネットイナゴと言われる人が集まってきて、炎上して、ブログの管理人がブログを閉鎖する、という、個人サイトの掲示板が荒らされたときのパターンをたどる例もある。だが、掲示板の場合と決定的に違うのは、ブログが1つ閉鎖しても、それによって他の人が表現できなくなったりしない、という点だ。誰かのブログが炎上しても、その火の粉が飛んでこないかぎり、自分が表現する「場」を守ることができる。
「こんなことを書いたら炎上しちゃうんじゃないか」とビクビクしながらブログを書くのが嫌な人は、閉じたSNSを使えばいい。自分の日記を「友人の友達までに公開する」とかに設定しておけば、まずその日記のコメント欄は炎上しない。あるいは非公開のコミュニティとかを作って、そこで気が合う人同士でわいわいやればいい。そこでなら何だって自分が書きたいことを書ける。
そんな流れを考えていくと、いわゆる Web 2.0 とか、CGM とか言われているものというのは、コミュニケーションしたくない人とは、あえてする必要がないようにする方向に進化している気がする。それがいいのか悪いのか分からないけれど、昔の掲示板でのコミュニケーションに比べれば、自分が好きなことを書くのがやりやすくなったと思う。仮に「空気嫁」と言われるようなことを書いたとしても、それで誰かが自分の意見を言う場を失うわけではないし、そう思えば気楽だ。気楽に、自分が好きなことを書けるように、ネット上のコミュニケーションは進化している。そのうち、ネット上では、お互いに仲良くなれる人同士しか出会わなくなるようになるかも。
というわけで、この記事を最後まで読んでくれた人とは、お互いに仲良くなれるのかもしれません。あれ?俺の勘違い?それにしても徹夜明けの朝は、どうしてこういう考察を始めてしまうんだろう。ホントに考察したいんだったら、もっと頭が冴えているときにやればいいのに。
いまさら聞けない?ドキュメンテーション文字列と pydoc の出力というエントリを書き終わってアップして、ふと思ったのだけれど、「いまさら聞けない」って思うのはどうしてだろう。無知な自分を晒すのが怖いからだろうか。
私は無知を晒してでも、強くなろうと思う。
まえに、Mercurial のマニュアルをちょこっと和訳というエントリを書いたけど、肝心の和訳したマニュアルへのリンクを貼り忘れていた。和訳したマニュアルはここにあります。
「Distributed revision control with Mercurial の一部を、自分のために適当和訳」
よかったらどうぞ。
Distributed revision control by Mercurial を、自分が読んだところだけ和訳してみました。和訳したのは、主に第5章の Mercurial in daily use の大部分と、第4章の1の Mercurial’s historical record の部分です。うまい日本語にできなかった部分は英語のままですけど(自分の日本語力のなさが悲しい)、飛ばして読んでも大丈夫です。
第2章 A tour of Mercurial: the basics や、 日本語のチュートリアルも合わせて読めば、 Mercurial はある程度使えるようになるはず。hg コマンド --help ってやると、ヘルプが表示されるしね。
私もまだ勉強中なのでこれ以上のことは分かりません。今の私のレベルは、 日本語のチュートリアル → ググって出てきた日本語サイト → Distributed revision control by Mercurial の第5章 → 第6章 → 第9章(いまここ)。参考までに。
関係ないけど、日本語が流ちょうな外国人を見ると、英語だけじゃなくて日本語も自分より彼のほうができるんじゃないかとビビってしまう。
# geek
【1名】
1. 〈俗・軽蔑的〉〔見掛けが〕ださい[さえない]やつ、〔社会性{しゃかい せい}が低い〕変わり者
2. 〔ある分野{ぶんや}の〕マニア、おたく
3. 〔コンピュータやネットワークの〕専門家{せんもんか}、プロ
4. 〈古〉〔サーカスの〕ギーク◆生きているヘビやニワトリの首を食いちぎって見せる、ランクの低いパフォーマー。
【1自動】
1. 変人のように振る舞う
2. 〈俗〉〔コンピュータなどに〕夢中{むちゅう}になる
【2名】
〈豪〉見ること◆【同】look◆【参考】take a geek at
【発音】gi':k
http://satoshi.blogs.com/life/2007/11/json.html
そうそう、こういうノーテーションでプログラミングできるフレームワークを作りたかったんです。熊野古道で。
いや、過去形じゃないな。作っている途中です。